樹洞丸太の水中乾燥法―伝統技術が支える人工巣洞の品質管理
- 三重県剪定伐採お庭のお手入れ専門店 剪定屋空

- 3 日前
- 読了時間: 6分
樹洞のある丸太を人工巣洞の素材として活用する際、最大の技術的課題となるのが乾燥過程における割れの発生です。
丸太のまま自然乾燥を進めると、辺材(外側)から乾燥が始まり、心材(中心部)まで乾燥する過程で、ほとんどの丸太にひび割れが発生してしまいます。
なぜ丸太は割れるのか―木材科学の視点から

木材の乾燥割れは、含水率の不均一な減少によって引き起こされます。木材科学では、この現象を以下のように説明しています。
乾燥応力の発生メカニズム
辺材(外側)が先に乾燥して収縮を始める
心材(中心)はまだ水分を保持しており収縮しない
外側と内側の収縮率の差が応力(張力)を生む
応力が木材の引張強度を超えると割れが発生
特に樹洞を持つ丸太の場合、内部に空洞があることで応力の集中点が生まれやすく、通常の丸太よりも割れが発生しやすい構造的脆弱性を持っています。
水中乾燥準備中の樹洞丸太
この割れは、人工巣洞として使用する際に以下の問題を引き起こします。
野鳥の営巣空間の気密性低下(温湿度の不安定化)
雨水の浸入による内部腐朽の促進
捕食者の侵入経路となるリスク
製品としての美観と耐久性の低下
そこで私たちが採用したのが、水中乾燥という伝統的木材処理技術です。
水中乾燥とは
水中乾燥とは、木の丸太を一定期間、池や沼地、貯水場に沈めて乾燥させる方法で、江戸時代から日本各地で実施されていた伝統的な木材処理技術です。
標準的な水中乾燥プロセス
水中浸漬期間: 丸太を6ヶ月〜1年間水に浸ける
引き上げ: 水から取り出す
大気乾燥期間: さらに6ヶ月〜1年間かけて自然乾燥
水中乾燥の科学的メカニズム
一見すると「水に浸けて乾かす」という矛盾した方法に思えますが、木材科学的には合理的な以下の効果があります。
1. 樹液とアクの除去効果
水圧によって樹木内部のゴミや樹液が押し出される
水溶性のタンニン、樹脂、糖分などが水に溶出する
木材内部の空隙が水と入れ替わることで成分が均質化
2. 均等乾燥の実現
辺材と心材の含水率が水によって均一化される
水中浸漬後の乾燥では、全体がほぼ同時に収縮を始める
内外の収縮率の差が小さくなり、割れ・反りが大幅に減少
3. 色艶の向上効果
樹木が持つ本来の美しい木肌が現れる
渋みやアクが抜けることで、経年変化後の色合いが安定
この伝統技術は、秋田杉の天然秋田杉銘木、木曽ヒノキ、吉野杉など、高級建築材の処理にも用いられてきた実績があります。
今回挑戦するのは、長さ40cm程度の樹洞丸太です。輪切りコースター製作時にも試みた水中乾燥の知見を活かし、以下の条件で実施します。
実施条件
浸漬期間: 1週間〜10日間(短縮版)
使用容器: プラ舟(農業用プラスチック水槽)
水の管理: 可能な限り定期的に交換
標準的な水中乾燥(6ヶ月〜1年)より大幅に短縮していますが、これは
丸太が比較的小径(40cm長)であること
人工巣洞として使用する際、完全な乾燥よりも適度な含水率が望ましいこと
過度な乾燥による樹洞部分の脆弱化を防ぐため
を考慮した判断です。
観察記録:3日目

水の変色樹種にもよると思いますが、水がすぐに茶色く変色しました。これはアク(タンニン、フェノール化合物など)が水に溶出している証拠です。
研究によれば、広葉樹の多くは水溶性タンニンを豊富に含み、水中浸漬によって迅速に溶出することが確認されています。
木材の耐腐朽性向上(余分な栄養分の除去)
虫害抵抗性の改善
接着性や塗装性の向上
といった副次的効果も期待できます。
継続的な溶出出来る時に水を交換していますが、すぐにまた水が茶色になります。水中乾燥3日目でもまだまだ水は茶色で、丸太の切り口からは泡が出ています。
この泡は、木材内部に閉じ込められていた空気や揮発性成分が水圧によって押し出されている現象です。樹洞内部の複雑な空洞構造から、通常の丸太よりも多くのガスが放出されていると推測されます。
乾燥後の加工と活用
1週間〜10日間の水中浸漬後、水から引き上げて大気乾燥を開始します。
乾燥プロセス
引き上げ直後: 日陰で1〜2週間程度の予備乾燥
本乾燥: 風通しの良い場所で1〜2ヶ月間
含水率チェック: 木材含水率計で測定(目標15〜20%)
最終加工: 入口穴開け、内部整形、設置金具取り付け
人工巣洞としての品質向上
水中乾燥によって期待される人工巣洞としての性能向上:
構造的安定性
割れ・反りの最小化 → 長期耐久性の向上
気密性の維持 → 野鳥の営巣環境の安定化
生物学的特性
アク抜きによる虫害リスク低減
樹洞内部の衛生環境改善
美観と自然性
本来の木肌の美しさ → 庭園景観との調和
自然樹洞により近い質感 → 野鳥の忌避反応の低減
野鳥は視覚・触覚・嗅覚を総動員して営巣場所を選択します。特にシジュウカラやヤマガラなどの樹洞性鳥類は、樹洞内部の質感や匂いに敏感で、自然樹洞に近い特性を持つ人工巣洞ほど営巣率が高いという研究結果もあります。
この水中乾燥への挑戦は、剪定屋空が実践する**「伝統技術と最先端科学の融合」**の具体例です。
三重県の気候特性と水中乾燥
三重県は高温多湿の気候であり、木材の自然乾燥には不利な条件です。しかし水中乾燥は、むしろ湿潤気候でこそ効果を発揮する伝統技術です。
梅雨期でも水中では安定した環境維持が可能
高湿度による表面乾燥の遅延を逆手に取る
夏季の急速乾燥による割れリスクを回避
地域の気候特性を理解し、それに適した伝統技術を選択する
これもまた、地域の土地に根ざした持続可能な造園業の実践です。
水中乾燥の経過は、別の記事で詳しくご紹介いたします。
予定している観察項目
水の色の変化と溶出成分の推移
丸太の重量変化(含水率の推定)
引き上げ後の乾燥プロセス
最終的な割れの発生状況
加工時の木質の手触りと香り
この実験的取り組みが、より質の高い人工巣洞製作につながり、最終的には三重県の野鳥たちにとって最良の営巣環境を提供できることを願っています。
自然の恵みを暮らしの宝物に
木鳥商店オンラインショップ-https://kotorino.theshop.jp/
木鳥商店のnote、はじめました。 https://note.com/kotorinotheshop
自然素材を活かしたものづくりの裏側や、木工職人の日々の気づき、想いを綴っていきます。 暮らしに寄り添う「小さな循環」をここから。
参考文献
1. Kollmann, F., & Côté, W.A. (1968). “Principles of Wood Science and Technology: Solid Wood”2. 全国木材組合連合会 (2015). 「日本の伝統的木材乾燥技術」*3. Sjöström, E. (1993). “Wood Chemistry: Fundamentals and Applications”*4. Simpson, W., & TenWolde, A. (1999). “Physical Properties and Moisture Relations of Wood” (USDA Forest Products Laboratory)*5. Kazi, F.K., & Cooper, P.A. (2009). “Condensed tannins in Southern pine bark”*6. Lambrechts, M.M., et al. (2010). “Nest box design for the study of diurnal raptors and owls is still an overlooked point in ecological studies”





