木を殺さずに洞を作る。生きた木に彫る人工樹洞とベテラナイゼーション
- 飯島 一郎

- 3 時間前
- 読了時間: 13分

洞のある木を見たことがあるでしょうか。幹にぽっかりと空いた穴。あそこにはフクロウが入り、コウモリがねぐらにし、腐った材を食べる甲虫が暮らします。

その洞を、木は数百年かけて手に入れます。枝が折れ、雨が入り、菌が入り、少しずつ内側が空いていく。時間だけが作れるものでした。
ところが老齢木は世界中で減りました。残ったのは若い木ばかりの森です。若い木が同じ構造を得るには百年から数百年かかります。その間、洞に頼って生きている生き物は待てません。
この時間の空白を、道具で埋めようという技術があります。英語でベテラナイゼーション(veteranisation)と呼びます。合言葉は、時間のかわりに道具を使う(tools instead of time)です。

老齢木にしかないものを、樹木関連微小生息地と呼ぶ
老齢木は、洞、裂け目、腐朽した材、樹液の滲み出しといった構造を持ちます。これらをまとめて樹木関連微小生息地(Tree-related Microhabitats)と呼びます。
そこにしか棲めない生物がいます。腐朽材に依存する甲虫、木材腐朽菌、樹洞に営巣する鳥、樹洞をねぐらにするコウモリ。若い木ばかりの森には、その場所がありません。

国際試験では20種類以上の手法が試されてきました。今回の調査で内容まで確認できた23手法を、はたらきかける場所で5つに分けたのが上の図です。
洞を作るもの、折れと裂けを模すもの、樹形を変えるもの、樹皮と形成層を傷めるもの、そして廃れたもの。廃れた手法の記録が残っているのが、この分野の誠実なところだと思います。

生きた木を彫る。心材だけを取り、辺材は残す
もっとも希少な微小生息地は、幹の洞です。それを直接作る手法が、チェーンソーで生木に彫る人工洞です。
ここで大事なのは、既にあるウロに入口を開けるのではないということです。健全な幹を彫って、空洞を新しく作ります。
そして核心は切る場所にあります。幹の外側にある辺材は生きていて、水を上げています。中心の心材は、もともと死んでいます。この技術は、生きた辺材を残し、死んでいる心材だけを取ります。だから木は水を上げ続けられます。


手順は4つです。まず開口部を8センチ×20センチで樹皮から辺材まで貫きます。次に角度切りで心材から20×20×23センチの直方体を取り出します。そこへ窯乾燥した堅木の面板を、外樹皮より内側、辺材の層の中に納めます。最後に面板のすぐ上に直径3.5センチの丸穴を開けます。
開口部と入口は別物です。大きく開けて彫り、塞いで、小さい入口だけ残す。面板は木が巻き込んでカルス化し、強度が戻ります。

対象木にも条件があります。安全に彫れる最小の幹直径は、強度損失の計算から30センチと算出されていますが、実際の施工は折れる危険をさらに下げるため直径40センチ以上に限定されました。施工した木の平均は61.9センチでした。(出典 Griffiths et al. 2018)

狙う相手が変わると、設計も変わります。コウモリ用は面板を使いません。空洞が小さいので、幅2センチの縦スリットから直接突き刺して彫ります。開口部がそのまま入口になります。

コウモリ用で安全に彫れる最小の幹直径は10センチと算出されています。実際に彫った木は、幹が平均39センチ、枝が平均23センチでした。生木20本に計35基を、寸法をそろえるため樹木医1名が全数同じ手順で施工しています。(出典 Griffiths et al. 2018)
生きた木の中は、巣箱よりも涼しい
この技術の価値がはっきり出たのが温度です。オーストラリアで、外気37.0度の日に内部の最高温度を実測した結果があります。

彫り込んだ洞は28.1度。天然の樹洞は29.9度。合板の巣箱は46.6度でした。
生きた木に彫った洞は、天然の樹洞よりさらに涼しかった。そして合板の巣箱だけが、外気より暑くなりました。
これは生き死にに関わる差です。巣の中が40度を超えると、恒温動物は蒸散による放熱ができなくなります。二次樹洞営巣性のスズメ目では、抱卵中に40.5度を超える短時間の暴露でも胚が死ぬと報告されています。46.6度は、その危険域を大きく超えています。
なぜ涼しいのか。
論文は、樹木の生きた維管束組織が幹と枝の外層を冷やしていると説明しています。木が生きて水を上げていること自体が、断熱と冷却として働いている。丸太をくり抜いた洞、つまり死んだ木の洞は、内部温度の変動が大きくなりました。
生きているかどうかが、そのまま住み心地になっていました。
甲虫はすぐ来る。菌は来ない
効果は生き物の側でも測られています。スウェーデン、ノルウェー、イングランドの20か所でオーク980本を対象に、700本へ施術した国際試験があります。枯れたのは980本中3本でした。(出典 Bengtsson 2021 の講演資料)
巣箱型の63パーセントが営巣に使われ、キツツキ穴型の45パーセントが鳥に使われました。レッドデータブック掲載の甲虫は、巣箱型で9種、キツツキ穴型で5種、無処理の対照木では1種だけでした。

巣箱型は、幹に箱状の空洞を彫るのと同時に上部を切ります。洞と枯損部を一度に作るのが特徴で、これが国際試験でもっとも成績の良い手法でした。キツツキ穴型は、キツツキが開けた穴を模した小さな丸穴と縦長の空洞です。どちらも寸法の詳細は、今回読んだ資料には書かれていませんでした。

ただし、来る速さが生き物によってまったく違います。
甲虫は速い。施術した初年から、絶滅危惧種を含む多様な群集が来ます。チェコでオーク48本に深い切りと浅い切りを施した試験では、施術1年目に280種6171個体が捕獲され、うち64種が絶滅危惧種でした。(出典 Čížek et al. 2024・要旨まで確認)
面白いのはここです。浅い切りと深い切りで来る虫の群集が違い、深い切り同士でも違っていました。どこをどれだけ深く切るかが、来る生き物を選んでいる。施工の細部が結果を決めるという、いちばん実務的な発見だと思います。
一方で菌は遅い。6年経ったオークの人工傷をDNA解析すると686の菌類分類群が見つかりますが、木材腐朽菌ではなく内生菌が優占していました。傷んだ材と無傷の材で種数がほとんど変わらない。結論は、6年では判断に早すぎるでした。(出典 Fungal Ecology 2020・要旨まで確認)
理由として挙げられているのが、健全な木は傷を区画化する力が強いということです。元気な木は、人が入れた傷をきちんと封じ込めてしまう。国際試験が2037年まで設定されているのは、この時間軸に合わせたものです。
チェーンソーの切り口は、自然界に存在しない
洞を作る系統とは別に、破断面に着目した英国系の技術があります。着想が明快です。
チェーンソーの切り口は平らな平面であり、そんな面は自然界に存在しない。
嵐や自重で折れた枝の断面は、裂けています。そこに雨が溜まり、菌が入り、虫が来る。だから切り株の先端を王冠状のギザギザに削るコロネットカットという技術が生まれました。

寸法の指針もあります。残す枝の長さは枝の直径の約5倍。
親枝との付け根から測ります。対象は直径150ミリを超える枝です。生きた枝に行う場合は樹冠の縮小作業に合わせて選び、生きた枝は最大15パーセントまで、かつ構造上重要でない部材に限る、と実務指針は定めています。
実務者向けの解説は、コロネットカットは腐朽を促すために設計されており、局所の生態系には良いが一般に木にとっては良くないと明確に述べています。傷の閉鎖と病原体の侵入防止を妨げるからです。だから対象を、モノリス化する木、ベテラナイゼーションする木、著しく衰退した木に限る、というのが実務の考え方になっています。
枯らすことを選ぶ手法もある
さらに踏み込んだ系統もあります。樹皮と形成層を傷める手法です。

幹の樹皮を全周にわたって剥げば、水と養分の通り道が断たれ、木は立ち枯れます。多様な腐朽段階の枯死木を大量に生む方法です。
一部だけ剥げば樹勢が徐々に落ち、病害虫が入りやすい状態になります。根元の樹皮と辺材を除去するのは、大型草食獣による食害を模したもので、提唱者の講演には、ウマによる損傷は簡単に作れて結果も良いという結論が出ています。
これらは木を弱らせる、あるいは枯らすことを目的にした手法です。庭でそのまま使えるものではありません。ただ、伐採するしかないと思っていた木に別の位置づけがありうる、ということは知っておきたいと思いました。

老齢木には、絶対にやらない
この技術には、はっきりした禁忌があります。提唱者の講演資料に大文字で書かれています。老齢木には絶対にやらない。
これは若い健全な木に施すものであり、本物の老齢木の代わりには決してならないという意味です。老齢木を残すことが最優先で、この技術はその補完にすぎません。
失敗の記録も残っています。枝への施術は8年後に提唱者自身が意味がないと結論しました。方位や向きも結果に影響しませんでした。キツツキ穴型の21パーセントは木が巻き込んで塞がり、40パーセントに損傷が見つかりました。
爆薬は結果が制御できず、ウインチによる引き裂きは張力の予測が不可能で、枝が折れる前に木が根元から倒れる事例が多発して中止されました。


どの手法を選ぶかを、今回の調査から整理したのが上の図です。
出典資料に載っている決定木ではなく、私たちの整理です。
最初の分かれ道が、その木は老齢木かどうかです。老齢木ならやらない。将来も生かすなら、生きた木を傷つけてよいかを次に問う。傷つけたくないなら、伐倒木を彫って立木に括る丸太洞から始められます。生木を一切傷つけずに試せる方法です。
日本で使えるのか。
ここまで挙げた数値は、ヨーロッパのオークとブナ、オーストラリアのユーカリのものです。日本の樹種、日本の気候での追試はありません。クスノキやコナラ、クヌギで同じ挙動になる保証はありません。
対象動物も、欧州は腐朽材に依存する甲虫と菌類、オーストラリアはフクロモモンガ類とコウモリです。シジュウカラやフクロウで検証されたものではありません。
安全基準として引かれている樹木リスク評価法と強度損失の計算式も英語圏のもので、日本の樹木医の基準との対応関係は確認できていません。
そして日本での実践事例を、今回の調査では見つけられませんでした。日本語で人工樹洞や樹洞創出を検索しても、出てくるのはコウモリのねぐら調査や巣箱の話で、生きた木を彫る保全技術の事例は確認できませんでした。無いのか、見つけられなかっただけかは断定できません。
それでも、この技術は私たちの仕事と噛み合っています
もともと死んでいる心材だけを取り、生きている辺材には触れない。木を殺さずに洞を作るという設計は、水を制御せず読むという私たちの考え方と、同じ形をしています。
傷は木自身が巻いて塞いでいきます。だから作って終わりではなく、カルスを切り戻す継続管理が要ります。作ってからが始まり、そのものです。
時間軸も数十年です。100年の時間軸で考えるという原則と一致します。
そして老齢木には絶対にやらない。本物の古木を残すことが最優先で、人の手はその補完でしかない。消えていくことが成功という感覚に、近いものがあります。
もう一つ。この分野の出発点は、チェーンソーの切り口は平らな平面であり、そんな面は自然界に存在しないという指摘でした。だから折れた断面を模す切り方が生まれました。透かし剪定で視点との関係を読んで切るという感覚と、同じ方向を向いていると思います。
すでに半分持っていた技術
一つ、驚いたことがあります。強い台切り、つまり台場は、この国際試験の手法リストに正式に入っています。
主幹と主枝を大きく切り戻して台場木の構造を作る。英国のハットフィールドの森で1990年代半ばから実施されている手法の一つです。
私たちが竹林や里山で続けてきた台場クヌギの管理は、この文脈で語り直せます。生物多様性のために木の構造を人の手で作る技術を、名前を知らないまま持っていたことになります。

入口をどこに置くか
現実的に始められるところから書きます。
まず丸太洞です。伐倒木を彫って立木に括る方式なら、生きた木を傷つけずに試せます。オーストラリアの研究でも、内部温度の安定性は合板の巣箱より良い中間的な性能でした。伐採した木が住処になるという、私たちがすでにやっている人工巣洞の延長線上にあります。


次に台場の語り直しです。すでに持っている技術です。
それから、伐採の相談が来たときの選択肢としてのモノリス化です。通常なら伐採する木を、縮小して安定させた立ち幹として残す。高さの目安は4から6メートル。ただし他の立木と同じように、安定性とリスクを再点検し続ける必要があります。
そして庭木の場合は、施主の同意と樹勢の見極めが前提です。木に穴を開けるのは、木を傷める判断でもあります。メリットもデメリットも正直にお伝えするという基準が、そのまま当てはまります。
最後に、記録することです。日本での事例が見当たらないなら、記録すれば一次データになります。設置日、寸法、樹種、幹径、方位、その後の癒合の速さと利用状況。それを続けることが、この技術を日本の現場に翻訳する仕事になります。
出典
Griffiths, S.R.; Rowland, J.A.; Briscoe, N.J.; Lentini, P.E.; Handasyde, K.A.; Lumsden, L.F.; Robert, K.A. (2018) Chainsaw-Carved Cavities Better Mimic the Thermal Properties of Natural Tree Hollows than Nest Boxes and Log Hollows. Forests 9(5):235. DOI 10.3390/f9050235
Treework Environmental Practice, Natural Fracture Pruning Techniques and Coronet Cuts(実務指針)
Bengtsson, V. (2021) Veteranisation using tools instead of time, results after 8 years(講演資料)
Annerdal, J. (2026) Veteranisation and ring barking in beech forest restoration. スウェーデン農科大学 修士論文
Čížek, L. et al. (2024) Artificial tree microhabitats: Wound depth and position affect saproxylic beetles attracted to freshly veteranised trees. Insect Conservation and Diversity. DOI 10.1111/icad.12785
Smiley, T.E.; Fraedrich, B.R. (1992) Determining strength loss from decay. Journal of Arboriculture 18:201-204
本文の図は、上記資料をもとに剪定屋空で作図しました。数値は本文まで読んだものと、要旨までのものを区別して調査記録に残しています。
お庭や山の木について
洞のある木、枯れかけている木、伐採するか迷っている木があれば、一度ご相談ください。切るという選択のほかに、残しながら安全にする方法があることもあります。
三重県菰野町の剪定屋空は、庭木の剪定から竹林整備、里山再生まで承っております。四日市市、鈴鹿市、いなべ市、桑名市、亀山市、津市、菰野町ほかが対応エリアです。
剪定屋空のサービスは、こちらからご覧いただけます。
森林整備
お問い合わせは、フリーダイヤル 0120-284-163 または 059-340-7479 まで。






