樹洞とは何か―樹木の防御機構と生態系サービス
- 三重県剪定伐採お庭のお手入れ専門店 剪定屋空

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樹洞(じゅどう)とは、樹木の幹や枝にできた自然の空洞(くうどう)のことです。
日本語には、この自然現象を表す豊かな表現があります。

参考書籍 神奈川県立生命の星・地球博物館(編) (発行年不明)『特別展図録 樹洞』
木の穴
洞(うろ)
洞(ほら)
巣穴(すあな)
これらは全て同じ現象を指していますが、呼び方の多様性は、古来より日本人が樹洞に特別な関心を寄せてきたことの証です。民俗学的には、樹洞は神聖な空間、森の生命の宿る場所として畏敬の対象でもありました。
樹洞には、それぞれ固有の形、大きさ、形成過程があります。樹洞が形成される樹種も、その経路も実に様々です。
樹木の幹の断面構造と樹洞形成メカニズム

樹木の生き方―「生きているのは外側だけ」という驚きの真実
樹洞形成のメカニズムを理解するには、まず樹木がどのように生きているかを知る必要があります。多くの人が誤解しているのですが、樹木の幹の断面を見たとき、中心まで全部が生きた細胞というわけではありません。
樹木の生存戦略:外側で生き、内側で支える
実は、樹木は樹皮に近い部分だけが生きていて、内側の年輪部分は死んだ細胞なのです。
樹木の断面構造(外側から内側へ)
1. 表皮(樹皮)
外界からの保護層
乾燥、病原体、物理的損傷から内部組織を守る
2. 師部(しぶ/篩部、Phloem) ※生きている
柔らかい細胞からできている
葉で作られた光合成産物(糖など)を幹や根に輸送
古い組織は残らず、常に更新される
3. 形成層(Cambium) ※生きている
細胞分裂が活発に行われる最重要層
別名「甘皮」とも呼ばれる
外側に師部、内側に木部を継続的に生産
樹木の肥大成長の源
4. 木部(もくぶ/辺材、Xylem/Sapwood) ※一部生きている
細胞壁が厚く硬い細胞で構成
根から葉へ水と養分を運ぶ道管(どうかん)を含む
形成層に最も近い1年分の年輪のみが水輸送機能を持つ
それより内側は水輸送機能をほぼ失う
5. 材(心材、Heartwood) ※死んだ細胞
年輪が蓄積された部分
死んだ細胞だが構造は残る
樹木を支える構造材としての役割
タンニンなどの物質が蓄積し、耐腐朽性が高まる(樹種による)
年輪形成のメカニズム
形成層の細胞分裂活動は季節によって変化します
春〜夏(成長期)
大きな細胞が作られる → 夏目(早材、Earlywood)
明るい色、柔らかい質感
秋〜冬(休眠期)
小さく密な細胞が作られる → 冬目(晩材、Latewood)
濃い色、硬い質感
この細胞サイズの季節変化が年輪として視認できる模様を作り出します。
樹木の輸送システム
上行性輸送(根→葉)
経路: 木部の道管
輸送物: 水、ミネラル
駆動力: 蒸散による負圧(吸い上げ)
下行性輸送(葉→根)
経路: 師部の篩管(しかん)
輸送物: 光合成産物(糖、アミノ酸)
駆動力: 濃度勾配と能動輸送
この二系統の輸送システムは、形成層を挟んで物理的に分離されており、それぞれ独立して機能します。
樹洞ができるしくみ―木材腐朽菌とCODIT理論

ヤマモモの樹洞断面:A部分がカルス(防御壁)、B部分が空洞
樹洞形成の引き金:侵入経路の発生
樹洞形成には、木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)の働きが大きく関係しています。
侵入経路の例
枝折れ: 強風、積雪、人為的剪定
幹の傷: 動物の爪痕、機械的損傷、落雷
虫害: カミキリムシ、キクイムシの穿孔
病害: 潰瘍病、胴枯病などの病斑
枝が折れ、幹に傷ができると、そこから木材腐朽菌(White-rot fungi, Brown-rot fungiなど)が侵入します。
樹木の防御反応:CODIT理論
ここで重要なのは、死んだ細胞ばかりで水輸送機能もない材(心材)部分が菌に侵されても、樹木の生理的機能には直接的な影響はないという事実です。
しかし、形成層や木部(辺材)の水の通り道など、生きるために不可欠な組織が侵されては困ります。
そこで樹木は、精巧な防御システムを発動します。
CODIT(Compartmentalization of Decay in Trees)理論【Shigo, 1984】
樹木は損傷部位を4つの壁で区画化(コンパートメント化)し、腐朽の拡大を限定的に抑えます。
第1の壁(縦方向の壁)
道管や仮道管による垂直方向の隔離
腐朽が上下に広がるのを抑制
第2の壁(接線方向の壁)
年輪境界による水平方向の隔離
新しい年輪への侵入を防ぐ
第3の壁(放射方向の壁)
放射組織(木の繊維が放射状に走る部分)による隔離
中心から外側への拡散を抑制
第4の壁(反応境界壁/最強の防御)
形成層が新たに作り出す化学的・物理的防御壁
カルス(癒傷組織)による傷口の包み込み
フェノール化合物、タンニン、リグニンなどの抗菌物質を高濃度に蓄積
「生きた細胞から菌に侵されにくい物質が分泌され防御壁が形成される」(図のA部分)
カルス形成の驚異的メカニズム
損傷を感知すると、形成層がさかんに細胞分裂を開始します。
この新しい組織は
傷口を徐々にふさいでいく
空洞の周りを補強するように防御壁を形成
幹が肥大して構造的強度を維持
これがカルス(癒傷組織、Callus)です。
イラストの「A部分」がまさにこのカルス層に相当します。樹木は自らの「手術痕」を治癒し、同時に未来の感染を防ぐ防壁を築いているのです。
樹洞の完成:分解と空洞化
防御壁に囲まれた内部の材(心材)部分は、もはや樹木の生存に不可欠ではないため、防御の優先度が低くなります。
木材腐朽菌は、この隔離された材を長い年月をかけて分解し続けます
分解プロセス
木材腐朽菌の酵素(セルラーゼ、リグニナーゼ)が細胞壁を分解
材の構造が徐々に軟化・崩壊
昆虫(カミキリムシ幼虫、シロアリ)がさらに分解を促進
風雨による洗い流し効果
完全に分解されると空洞が出現
これが樹洞(図のB部分)です。
樹洞を持つ樹木が生き続ける理由
生理学的に重要な組織(形成層、師部、最外層の木部)は無傷であるため、樹木は樹洞があっても
光合成産物を根に輸送できる
根から水を葉に供給できる
毎年肥大成長を続けられる
数十年〜数百年生存し続けられる
つまり、樹洞は「樹木の死」ではなく、「樹木と菌類の共生的バランス」の結果として理解すべきなのです。
従来の林業的視点:樹洞は「欠点?」
木材産業では、樹洞は
材積の減少
製材時の歩留まり低下
構造材としての強度不足
として、経済的マイナス要因と見なされてきました。
現代の生態学的視点:樹洞は「生態系エンジニアリング」
しかし21世紀の保全生態学では、樹洞は
1. 微小生息地(Microhabitat)の提供
樹洞性鳥類(シジュウカラ、ヤマガラ、フクロウ等)の営巣場所
哺乳類(ムササビ、コウモリ、リス)の巣穴・ねぐら
両生類・爬虫類の避難所
昆虫(クワガタ、カミキリムシ)の繁殖場所
2. 生物多様性のホットスポット
1つの樹洞が数十種の生物を支える
樹洞の多い森林ほど生物多様性が高い
3. 生態系の連鎖反応
一次樹洞営巣者(キツツキ)が穴を開ける
二次樹洞営巣者(シジュウカラ等)が利用
放棄後は昆虫、コウモリが利用
樹洞内の糞や食物残渣が微生物相を育む
4. 炭素貯蔵と栄養循環
樹洞内部の腐朽材が長期的に炭素を貯蔵
分解された有機物が土壌に還元
剪定屋空の実践:樹洞の価値を最大化する
人工巣洞プロジェクトとの統合
この科学的理解は、剪定屋空の人工巣洞プロジェクトの理論的基盤です。
自然樹洞の模倣設計
カルス層の質感を再現(伐採木の樹皮を活かす)
適切な内部容積と入口直径(種ごとの生態的要求)
防御壁に相当する厚い木壁(温湿度の安定化)
水中乾燥による品質向上
材の均質化 → 長期耐久性
アク抜き → 抗菌性向上
自然な木肌 → 野鳥の忌避反応低減
モニタリングによる科学的検証
営巣率のデータ蓄積
生物学的防除効果の定量化
地域生態系への貢献評価
学びの継続-樹洞研究の深化
今回は、樹木の生き方と樹洞ができるまでのしくみについて学ぶことができました。
しかし樹洞の世界はまだまだ奥深く、今後さらに探究したいテーマがあります。
次回以降の学習テーマ(予定)
樹種による樹洞形成速度の違い
キツツキの穿孔行動と樹洞生態系
樹洞の微気候(温湿度、光環境)
都市部における樹洞保全の課題
人工巣洞の長期的効果検証
参考文献
本記事は、以下の専門書籍を参考にしました:
神奈川県立生命の星・地球博物館(編) (発行年不明)『特別展図録 樹洞』
学術文献(検索推奨)*1. Raven, P.H., et al. (2005). “Biology of Plants” (植物生理学の基礎)*2. Schweingruber, F.H. (2007). “Wood Structure and Environment” (年輪と環境)*3. Boddy, L., & Watkinson, S.C. (1995). “Wood decomposition, higher fungi, and their role in nutrient redistribution” (木材腐朽菌の生態)*4. Shigo, A.L. (1984). “Compartmentalization: A conceptual framework for understanding how trees grow and defend themselves” (CODIT理論)*5. Eriksson, K.E., et al. (1990). “Microbial and enzymatic degradation of wood and wood components” (木材分解の酵素学)*6. Remm, J., & Lõhmus, A. (2011). “Tree cavities in forests – The broad distribution pattern of a keystone structure for biodiversity” (樹洞と生物多様性)*7. Lindenmayer, D.B., et al. (2012). “The ecology of trees in the tropical rain forest” (熱帯雨林における樹洞の生態学)
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