朝に手を入れた庭に、夜は音が響く。尾上別荘庭園 夏の二日間

七月の二十一日と二十二日、四日市の尾上別荘の庭園に、二日続けて入らせていただきました。
明治のころからこの土地に根を張ってきた木々のある庭です。夏の光は強く、朝のうちから蝉が鳴いていました。

一日目は、笹の手入れから始めました。伸びた笹を刈り込み、シートを敷いて刈り屑を受けていきます。
庭の手入れは、切ることと同じくらい、切ったあとを散らかさないことが大事です。



刈り込んだあとは、落ち葉を掃き、除草をします。水の際は湿りやすく、放っておくと苔ではなく雑草が先に居着いてしまう場所です。





この庭でいちばん時間をかけたのは、苔の上に載っていた砂利を、ひとつずつどかしていく作業でした。苔に届くはずの光と水を、もとに戻すこと。 それだけで苔達は答えてくれます。

苔は、少しずつ増えてきています。この庭の土は、長い年月のあいだ人が歩き、締まって、石に近いほど固くなっていました。
固い土は、水も空気も通しにくい。苔が戻ってきたのは、表層の条件が少しずつゆるんできた徴です。派手な作業ではありませんが、庭の底で起きている変化です。


なるべくすべて手作業で行います。急ぐと苔をはがしてしまうので、丁寧に際を少しずつ整えていきます。


一日目の作業は、午前から午後3時ごろまでに仕上げました。この日の夕方から夜にかけて、庭でお琴の演奏があるからです。
朝に手を入れた庭に、夜は音が響く。
庭が、手入れの場から、催しの場に変わる。
琴の音色を聴きながらお庭に触れてもらえたらと思います。
二日目の二十二日は、庭全体の落ち葉清掃と、シャシャンボやモチノキといった中木の剪定です。

脚立を立て、混みすぎた枝を抜いて、風と光が抜けるようにしていきます。
シャシャンボはツツジ科の常緑の木で、秋の十月ごろに小さな紫黒色の実をつけ、その実は食べられます。
花や実は前の年に伸びた枝につくので、夏に強く切ると秋の実が減ってしまいます。
シャシャンボは常緑で、冬も葉を落としません。葉も二年ぶん働く木なので、この時期は落としすぎず、風を通すぶんだけ軽く手を入れました。
しっかりした剪定は、木の動きが落ち着く冬の休眠期に行います。
このシャシャンボ、じつは古い木でもあります。古事記の歌に、さしぶの木として登場します。
今のシャシャンボという名も、その古語のサシブが訛ったものです。
実がよく似ているので、日本のブルーベリーとも呼ばれます。ブルーベリーと同じスノキの仲間で、秋の黒紫の実は甘酸っぱく、すり潰すと鮮やかな紫のジャムになります。
そしてその実は、人だけでなく、庭に来る鳥も食べにきます。一本の木が、名前でも実でも、人や生きものと長く関わってきました。
もうひとつ、この時期ならではの理由があります。夏の土用のころに、木は新しい芽をもう一度伸ばします。
これを土用芽と呼びます。春に虫に食われた葉を、夏のうちに取り戻すための、いわば予備の芽です。
面白いことに、西洋でも同じ夏の再生長をラマスグロースと呼びます。
八月のはじめの収穫祭ラマスの日ごろに出るからです。
日本の土用と、西洋のラマス。

同じ木の営みを、離れた二つの文化がそれぞれ名づけていました。だから夏の剪定は、木がいままさに葉を取り戻している最中かもしれないと考えて、伸びた芽を全部は落とさず、風を通すぶんだけにとどめます。




作業のあいだ、木の枝に一匹の蝉がとまっていました。夏の庭は、人が手を入れる場所であると同時に、生きものが暮らす場所でもあります。
二日かけて、笹を整え、苔に光を戻し、中木の風通しをよくしました。
どれも、庭を新しく作り変える仕事ではありません。
もとからそこにあった庭が、いちばんその庭らしくいられるように、条件を戻していく仕事です。
手を入れた庭は、そこから先も季節とともに動いていきます。
最終更新: 2026年07月
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