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熊との合間-人と山の境界を人の側が意識して管理し続けること

  • 執筆者の写真: 飯島 一郎
    飯島 一郎
  • 3時間
  • 読了時間: 6分

山仕事をしていると、ときどき常緑の高木層に覆われて林床に光が届かず薄暗い山の中になるとすと不安になる時があります。 


山の際に近い場所で作業をするとき、ガサガサ音が聞こえたりすると、三重県でも熊の出没が続いているというニュースが頭をよぎります。


クマが、確実に北上している。


2024年度、三重県のツキノワグマ出没件数は162件。統計が始まった2006年度以来の最多を記録した。前年の40件から一年で4倍以上になった。


2026年5月時点の速報値では、すでに194件を超えている(kumamap.com集計)。


この数字を三重県の南の地域の話として片付けることは、もうできない。



山と里の境界、夕暮れの稜線

三重県で今、何が起きているか


三重県に生息するのはツキノワグマの紀伊半島個体群と呼ばれており本州中部の個体群とは山脈で分断された、独立した集団になります。


体重は成獣で30〜65kg。本州中部(70〜120kg)より小型で、温暖な気候のため冬眠しない個体もいる。本州中部より活動期間が長い、という特性をまず知っておく必要があります。


生息域は、三重・奈良・和歌山3県にまたがる紀伊山地が中心。出没の約6割は熊野市・尾鷲市・紀北町など東紀州地域に集中しているが、近年、この分布が確実に北上・西進している。


| 市町 | 2025年出没件数(参考値) | 特記 | |------|---------------------|------|

| 熊野市 | 18件 | 最多。南部中核 |

| 尾鷲市 | 10件 | 東紀州の中核 |

| 伊賀市 | 6件 | 従来少なかった内陸北部 |

| 津市 | 4件 | 平野部に隣接 |

| 亀山市 | 要確認 | 2024年に注意喚起発令 |


鈴鹿山脈沿いのいなべ市では2015年にDNA解析で複数頭の同時生息が確認されている。菰野町の御在所岳裏登山道でも目撃報告がある。


三重県は公式に「従来は生息していないと思われていた地域での出没が確認される」と認めており、県内のどこでも遭遇しうるという認識に公的に変わっている。


竹林と草地の境界、林縁管理のイメージ

40年で2.6倍になった、という事実


| 調査年 | 推定個体数(紀伊半島全体) | |--------|----------------------|

| 1984年 | 約180頭 |

| 1998年 | 約180頭(横ばい) |

| 2024年 | **約467〜468頭** |


40年で2.6倍になった(環境省調査)。


環境省がレッドリストに掲げる「要保護の基準」は400頭以下。2024年の調査で初めてこの基準を超えたことを受け、三重・奈良・和歌山の3県は現在、保護政策から管理政策への転換を進めている。


三重県は2025年度内に「初めての管理計画」を正式策定する予定で、人の生活圏に侵入した個体は「原則駆除」という方針が中間案に明記されている。


「保護か駆除か」という二項対立では、この問題は解決しない。では何が必要か。


山際で作業する人の姿、人と森の境界

里山が失ったもの — かつての緩衝帯


クマの出没が増えた理由を「個体数が増えたから」と片付けることもできる。だが、それだけではない。


人が定期的に入ることで音・匂い・光が常時発生し、クマが「使いにくい」空間になっていた昔の山の使い方が大事なのではないか。


アカマツ萌芽林の定期更新で林内が明るく開放的に保たれていた 。


薪炭採取・下草刈りで林縁の構造が維持され、見通しが確保されていた。


これが、高齢化・過疎化・燃料革命によって失われた。


利用率が下がると広葉樹二次林化が進む。


藪化・林地化によって隠れ場所が増える。林縁が消えて、クマの行動域と人の生活域が直接接触するようになる。出没が増えた最も根本的な原因は、境界が管理されなくなったことだ。


林縁管理の科学的根拠


この林縁管理の重要性は、学術研究でも定量的に示されている。


Nishino et al. 2014(PLoS ONE)は、長野県中央アルプスにてGPS発信機を装着した24頭(メス14・オス10)を2008〜2011年に追跡し、資源選択関数(RSF)を用いてクマの生息地選択を分析した研究だ。


この研究の主要な結論は明確だった。夏季、クマは林縁を劇的に強く選択する。


| 林縁からの距離 | メスの選択確率 | オスの選択確率 |


| 20m地点 | 基準の約2倍 | 基準の約3倍 |

| 100m地点 | 基準(1倍) | 基準(1倍) |


食物が少ない夏(6〜7月)に林縁利用が最大化し、繁殖期のオスの広域移動とも重なる。

河川沿いの林は移動回廊(コリドー)として機能すると同時に、人との遭遇リスクも高める場所だとされている。


研究者が提示する管理戦略は、以下の方向性に収束する。


1.アカマツ林・里山林の萌芽更新・択伐の再開


林内を明るくしクマが利用しにくい環境の形成


2.見通しの確保


有林辺縁での刈り払い実施例で、通学路上の目撃が減少したという報告がある


3. 耕作放棄地の管理方向


人里近くで林地化させるとクマの隠れ場所になる。人里近くは草地のまま管理が望ましい


林縁0〜200mが最重要干渉帯であり、河川・舗装道路の2km以内がクマの移動に影響する範囲とされている


人の側が管理し続けるという思想


ここで立ち止まって考えたいことがある。


クマとの問題をいかに追い払うか。いかに駆除するかという方向で解こうとすることは、流れ落ち続ける水を止めようとすることに似ている。


水を止めるのではなく、水を読む。


里山が緩衝帯として機能していた時代、人はその境界を管理していると意識さえしていなかったかもしれない。


薪を取り、下草を刈り、山に入ること自体が、人と山の境界を保つ行為だった。それが失われたとき、境界も消えた。


しがら工法が人の手を自然に還る起点にするという発想であるように、林縁の整備もまた、人が山との境界に手を入れ続けることで初めて成立する。


1回整備すれば終わりではない。管理し続けることが、そのまま境界を維持することになる。


駆除でもなく、排除でもなく。


人の側が、境界を意識して管理し続けること。


それがクマとの合間をつくることだと思っている。


現場で知っておくべきこと


三重県の山際で作業する人間として、季節ごとのリスクを整理。


| 時期 | クマの行動 | 注意点 |


| 5月 | 若グマが母グマから離別し単独行動開始 | 行動範囲が広がる・予測不能 |

| 6〜7月 | 繁殖期。オスの行動圏が大幅拡大 | 攻撃性が高い・広域を移動 |

| 10〜12月 | 冬眠前の飽食期。食物求めて活発化 | 出没件数が年間最多 | | 早朝・夕方 | 薄明薄暮型。最も活発な時間帯 | 現場の出入りに注意 |


竹林整備では特に注意が必要だ。竹林は薄暗く、音が響きにくく、匂いが消えやすい。林縁から200m以内の竹林は夏季のクマの行動圏と重なりやすい。


河川沿いの林縁での単独作業は、5月〜7月は可能な限り避けることを選択している。



まずは今の現状や環境が自分の家の周りで何か起きているかなども、よく観察してみると

至る所に放置された竹林や山際などが多くあることに気づく。 増えすぎた個体は人間がコントロールするのはほば不可能と思って、まずはその場に昔からある自然環境を見つめ直すことを念頭に考えていきたい。


参考文献


- 三重県 獣害対策「ツキノワグマの出没にご注意ください」https://www.pref.mie.lg.jp/JTAISAKU/HP/m0114900048.htm - 三重県「ツキノワグマの目撃情報が増えています」https://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0026100201.htm - 中日新聞「ツキノワグマ、人身被害の恐れなら『原則駆除』三重県が管理計画中間案」https://www.chunichi.co.jp/article/1149599 - 日本経済新聞「和歌山県、ツキノワグマを保護から管理へ 紀伊半島400頭超で」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF0589O0V01C25A1000000/ - kumamap.com 三重県ツキノワグマ出没マップ2026年 https://kumamap.com/en/areas/mie - Nishino et al. 2014「Habitat Selection near Human-Wildlife Boundaries」PLoS ONE https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3900489/ - 山﨑晃司(東京農業大学)「ツキノワグマ基礎的生態」環境省資料 https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort5/effort5-3e/joukyu/kuma_2.pdf - 東京農業大学「ツキノワグマはなぜ人里に出てくるか」https://www.nodai.ac.jp/research/teacher-column/0328/


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