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伐らせていただいた木に、富貴蘭が咲いていた。江戸の園芸文化と、着生蘭のこと

  • 執筆者の写真: 飯島 一郎
    飯島 一郎
  • 5 分前
  • 読了時間: 5分

伐採した木の幹に着生していたフウラン(富貴蘭)の株と銀白色の根 三重県
伐らせていただいた木の幹に着生していたフウラン。銀白色の根で幹に活着している。

以前、伐採のご依頼をいただいて伐らせていただいた木がありました。


その幹に、白い花が咲いていました。


細い葉を扇のように広げ、根を幹に巻きつけて。土に生えているのではなく、木そのものの上で暮らしている植物でした。


フウランです。漢字で書けば風蘭。園芸の世界では富貴蘭とも呼ばれます。


木を伐るという仕事は、その木の一生を預かる仕事でもあります。だから伐る前に、いつも幹をよく見ます。今回、その幹には、誰かの気持ちが宿っていました。


この蘭は、どこから来たのか


フウランは、関東より西の低い山地に自生する着生蘭です。三重県もその分布のなかにあります。ですから、風で種が飛んできて、自然に木へ着いた可能性もゼロではありません。


けれど、株がひとところにまとまり、これだけ見事に花をつけている姿を見ると、私にはどうしても、施主様が好きで幹に活着させたものに思えました。断定はできません。


ただ、フウランを庭木に着けて楽しむという文化はかなり昔からあります。


江戸の人々は、この蘭に熱狂した


フウランの栽培が始まったのは、江戸前期の元禄のころ、1688年から1704年です。


染井の植木屋、伊藤伊兵衛三之丞が元禄8年(1695年)に著した園芸書、花壇地錦抄の蘭の類に、風蘭が紹介されています


そこにはこう書かれています。根を竹の皮やしゅろの皮に包みて、宙に吊りて置くべし。風を得て栄ゆる、と。


風蘭という名前は、この風を受けて育てるという育て方から来ています。


やがてこの蘭は、将軍まで動かします。


十一代将軍の徳川家斉が熱狂的な愛好家で、江戸城内に栽培棚を設けたと伝わります。


諸大名は自分の領国で変わった株を探し、参勤交代のときに将軍へ献上しました。鑑賞のときは金網のカゴをかけて直接手を触れず、息がかからないように口に白い紙をくわえたといいます。それほど大切に扱われた植物でした。


江戸の終わりごろ、嘉永の年間、1848年から1855年になると、葉や花の変わった奇品が流行します。


相撲の番付をまねたランキング表まで作られました。


フウランの斑入りなどの園芸品種を、特に富貴蘭という雅びな名で呼び分けます。同じように、セッコクは長生蘭と呼ばれました。


変異を写生で記録した専門書も生まれます。


旗本の水野忠暁が著した草木錦葉集、文政12年、1829年の刊です。


関根雲停らの手で、千点あまりの斑入り植物が彩色で描かれました。富貴蘭では、気根の先の色の変わり方まで観賞の対象にしていたことが知られています。


つまり、木に蘭を宿して愛でるという営みは、この国の庭の歴史に深く根を張っているのです。


フウランという植物の、静かな戦略


フウランは、一属一種の着生蘭です。落葉樹の細い枝に着生し、夏は木陰で過ごし、冬から早春は葉が落ちた枝の上で強い日ざしを浴びます。木の一年の呼吸に合わせて暮らす植物です。


花は白く、夜になると強く香ります。バニラやスイカズラにたとえられる甘い香りです。


フウランの花と下向きに長く垂れた距 夜にスズメガを呼ぶ
花の付け根から下向きに長く垂れるのが距。夜に香り、長い口ふんのスズメガを呼ぶ。

そして最大の特徴が、花の付け根から下向きに長く垂れる距です。


距とは、蜜をためる細い管のことです。フウランが属する仲間の多くは距が短いのに、フウランだけがとびぬけて長い。この長さには理由があります。


末次健司らの研究、2015年は、この長い距に見合う長い口ふんを持つスズメガの仲間、コスズメ類が、フウランの花粉を運ぶ送粉者であることを示しました。


夜に香ること。白い花であること。距が長いこと。この三つは、ばらばらの特徴ではありません。


すべて、夜に飛ぶスズメガに蜜を吸わせ、花粉を運ばせるための、一貫した仕組みです。制御ではなく、関係を結ぶこと。


フウランは、一匹の蛾との長い付き合いのなかで、この姿になりました。


木を伐る前に、もう一度見上げてほしい


私たちの仕事で、フウランやセッコク、ノキシノブといった着生植物に出会うことがあります。そういうとき、その株には、施主様の思い入れが宿っている場合が少なくありません。


だから、切ってしまう前に、一声おかけします。もしご希望があれば、株を傷めないように外して、別の木へ移してさしかえることもできます。


移すときの作法は、江戸の記録どおりです。


根をしゅろの皮やヘゴなどに包み、風と光を通してやる。


三百年前の植木屋が書き残した言葉が、今の現場でそのまま生きています。


木を伐るというのは、ただ木を無くすことではありません。その木に宿っていた時間や、誰かの気持ちごと、引き継ぐことでもあります。


空を見上げれば、木のいちばん高いところで、白い蘭が風に揺れていました。次にその蘭が咲く場所を、これから探します。


主な出典


・花壇地錦抄、1695年に関する記述:園芸ネット フウラン栽培ガイド https://www.engei.net/guides/detail?guide=1380 ・徳川家斉の愛好と栽培の作法:日本伝統園芸協会 https://www.nihondentouengei.net/saibai/fuukiran.php ・富貴蘭と長生蘭の呼び分け:中越植物園 https://www.chuetsu-plants.com/how-to/vanda-falcata/ ・草木錦葉集、水野忠暁、1829年:国立公文書館 https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hatamotogokenin3/contents/40/index.html ・生態と夜の香り:American Orchid Society https://www.aos.org/explore-orchids/vanda-alliance/neofinetia-falcata ・送粉のスズメガ:Suetsugu K., Tanaka K., Okuyama Y. and Yukawa T. 2015, European Journal of Entomology 112巻 https://www.eje.cz/pdfs/eje/2015/02/21.pdf

最終更新: 2026年07月

 
 
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